1 はじめに
肝臓は【沈黙の臓器】ともいわれ、症状がでるまでに時間がかかります。
慢性肝臓病の原因は昨今大きく変わり、さらに肝臓病の進行に伴う診断・治療法も大きく変わってきております。そのような中で2023年6月に日本肝臓学会から奈良宣言も出ていることから、当院でも受診される方が多い慢性肝臓病の診断・治療の最新情報を知っていただければと思います。
慢性肝臓病の進展は、心臓病・腎臓病・肝臓がん以外の他部位の癌の発生に関連し、慢性肝臓病は´万病のもと´であることが明らかになってきています。
慢性肝臓病に対する最初のスクリーニングのスタートとしては、健診等での血液検査でも広く測定されているALT値に注目し、´ALT>30´であった場合、まずはかかりつけ医などを受診し、生活習慣の見直しや追加の検査を実施することが現在推奨されています。
´ALT>30´とする根拠としてはすでに多数の文献が存在しており、日本での一般診療時の血液検査や特定健診・人間ドック等の基準値においては基準値40-45前後と設定されている事もありますが ´ALT>30´を一つの指標としてみていく”奈良宣言2023”が、2023年6月に日本肝臓学会より出されました。
以前より、実際の診療の場で血液検査では基準値に入っていてもすでに肝硬変の状態で発見される患者に遭遇することもあり、この宣言は有効な提言だと考えております。
健康診断等でALT>30が指摘された場合は、まずはかかりつけ医等を受診し、①肝炎ウイルスの有無(ウイルス性肝炎疑いがないか)②肥満・糖尿病・脂質異常症・高血圧を合併、もしくはすでに脂肪肝があった場合は血小板20㎣未満、Fib4index 1.3以上(肝線維化を伴う脂肪肝疑いがないか) ③飲酒量 男性60g/日 女性40g/日以上 かつAST・γGTP異常 (アルコール性肝障害疑いがないか)④薬剤性肝障害疑い(サプリメントを含めた薬剤歴を確認) ⑤自己免疫性肝障害疑い(自己免疫性肝炎、原発性胆汁性胆管炎などがないか)⑥特発性肝障害(原因不明)をそれぞれ鑑別し専門医への紹介が推奨されています。
それでは次に代表的な慢性肝臓病についてです。
2 ウイルス性肝疾患の診断と治療(B型肝炎 C型肝炎)
ウイルス性肝炎に対する抗ウイルス療法は肝疾患の疾病構造を大きく変化させました。B型肝炎に対する核酸アナログ療法、C型肝炎に対する直接作動型抗ウイルス薬(DAA)治療です。核酸アナログ治療は、B型肝炎ウイルスの増殖抑制を目指したものでありウイルス自身は排除されないため、発がんリスクを十分抑止することはできません。一方DAA治療ではC型肝炎ウイルスそのものが排除されるため肝不全予防効果とともに発癌抑制効果が明確に示されています。ウイルス性肝炎は画期的な薬剤の開発において現在はコントロールが可能な時代になっています。一方で慢性ウイルス患者の拾い上げが課題となっていることもあり、今後の更なる検討が期待されています。
3 アルコールと脂肪性肝疾患の診断と治療
①アルコール関連肝疾患(alcohol -related liver disease ALD)とは
具体的には、飲酒量 男性60g/日 女性40g/日以上と言われており、日本のALD総患者は平成8年の5.9万人から平成29年には3.7万人へ減少する一方でアルコール性肝硬変は平成8年の4000人から平成29年には1.4万人と増加しています。これは、アルコール消費量は減少傾向であるものの最も飲酒量が多い20%の人々が全体のアルコール消費量の70%近くを占めている事を示しています。
診断には、明らかな飲酒歴や血液検査などから典型的なアルコール性と考えられれば肝生検は必須ではありません。慢性肝障害から肝硬変への移行を評価する方法としてはどの程度繊維化(肝臓が硬くなっているか)しているかの評価が必要です。
非侵襲的繊維化評価法としては、フィブロスキャンによる肝硬度(エコー下で計測)、AST/ALT比、γGTP/血小板比、Fib-4index(年齢、AST、血小板、ALTより算出)、APRI(AST、血小板より算出)などがあり、いずれかの方法で評価することが推奨されています。繊維化が進展すれば発癌リスクも上昇します。
治療に関しては、軽症のアルコール依存症に対しては飲酒量断酒が重要とされているが、断酒困難な場合は飲酒量低減が選択肢になることがガイドラインに記載されており、場合により断酒薬(アカンプロサート、ジスルフィラム、シアナミド、ナルメフェン)の投与も考慮されます。
②MASLD(Metabolic Dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease :各々代謝機能不全に関連した脂肪性肝疾患)/MASH(Metabolic Dysfunction Associated Steatohepatitis: 脂肪性肝炎)
以前は、脂肪肝の患者は経過観察でいいと言われ、さらに脂肪肝はNAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)という名称を経て、2023年6月より新たにMASLD(各々代謝機能不全に関連した脂肪性肝疾患)/MASH(脂肪性肝炎)と定義されました。
NAFLDの診断は脂肪肝となる他の肝疾患の除外に基づき、飲酒量上限として男性30g/日未満、女性20g/日未満と定義されている。
MASLDは心血管代謝危険因子を1項目以上満たすことが条件とされており、具体的には肥満、糖尿病、脂質異常症、高血圧を伴うメタボリック症候群を満たす場合に限定され診断されます(心血管代謝因子がなく特定ができない患者についてはcryptogenic SLDと表記されます)。
世界的にMASLDの有病率は増加して人口の30%を上回ると考えられており、日本では約2300万人が罹患していると推定されています。それに伴いMASHも並行して増加し、高度繊維化(F3)例は2016年から2030年には66万人から100万人に増加することが予想されている状況です。
発症機序として、脂肪酸の過剰蓄積による死亡毒性、インスリン抵抗性、酸化ストレス、腸内細菌の変化などの多因子が同時並行的に関与するMultiple parallel hit hypothesis説が有力です。
肝生検が病理学的確定診断には必要となるが、肝繊維化が予後規定因子であることから、非侵襲的方法としては超音波エラストグラフィ、MRエラストグラフィ、Fib4indexなどでの評価があり、その中でも1次スクリーニングとして最も簡便で繊維化進展例を除外できるFib4indexが推奨されており、Fib4>1.3以上で超音波エラストグラフィやMRエラストグラフィ等による繊維化測定を、Fib4>2.67では肝繊維化が強く疑われるため肝生検も含めた繊維化評価を行うことが推奨されています。
治療としては、メタボリック症候群の病態に対する薬物治療が中心になり、食事運動療法等の生活習慣の見直しを行います。
いかに肝硬変への進展させないかということが重要です。
肝硬変に関しては日本肝臓学会が調査を行っており、最新のものが2023年6月に報告されました。2014年~2017年の調査では非ウイルス肝硬変が占める割合は約半数でしたが、2018年~2021年の調査ではそれが約3分の2を占めるまで増加しています。中でもアルコール性が占める割合が25%から35%へ増加し成因の中で最大、非アルコール性脂肪肝炎が占める割合が9%から15%へと増加が著しく、20年前より予想されていたことが現実になっている状況です。
肝硬変や肝癌などの進行した肝疾患の発症を予防するためには、飲酒や肥満などの生活習慣を基盤にした対策が直近の課題になっています。
当院でも健診や人間ドックで肝障害を指摘された方の診療を行なっております。
是非、ALT >30になっていないかどうかチェックしてみてください。